boxing 名勝負・迷勝負

◆【名勝負No 87】アムナット・ルエンロン vs. ゾウ・シミン ~ IBF世界フライ級タイトルマッチ 2015.03.07

2015.03.07 
IBF世界フライ級タイトルマッチ

王 者 アムナット・ルエンロン
vs.
挑戦者 ゾウ・シミン


アムナット・ルエンロン(35:タイ)
14戦全勝〈5KO〉

母親に病院で捨てられ、養子に出され、その容姿から役所がタイ人と認められなかったため学校へ通うことができなかった。
15歳の時に、母親に出会い、ようやくタイのID発行。

ムエタイで生計を立てフライ級王者となるも、麻薬常用者となりジムを追放される。

その後は、強盗と窃盗を繰り返し、2007年には15年の懲役刑で3度目の服役。

収監中に暇つぶしで始めたボクシングで才能が開花、国内選手権で優勝。
この優勝と服役態度が評価され、減刑され2年半で釈放。

2007年世界選手権で銅メダル。

タイで開催されているアマチュアの国際大会キングスカップで2007年に銀メダル。
※ 準決勝で2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪2大会連続金メダルのゾウ・シミンに勝利。

2008年からキングスカップ3年連続金メダル。
※ 2008年のキングスカップ準決勝で井岡に勝利。

2008年北京五輪でベスト8。
その後、32歳でプロ入り。

2014.01.22 IBF世界フライ級王者モルティ・ムザラネ(南アフリカ)がファイトマネーを不服としてアムナットとの対戦を拒否し王座を返上したため、アムナットがロッキー・フエンテスと王者決定戦。
3-0(116-112,116-112,117-111)で勝利、タイのボクシング史上最高齢となる34歳での世界王座奪取に成功。

その後、井岡一翔、マックウィリアムズ・アローヨ(プエルトリコ)を相手に防衛。

この試合が3度目の防衛戦。


ゾウ・シミン(33:中国)
6戦全勝〈1KO〉

2005年度世界選手権ライトフライ級優勝
2007年度世界選手権ライトフライ級優勝

2008年北京五輪ライトフライ級金メダル
2012年ロンドン五輪ライトフライ級金メダル

アマチュアで輝かしい実績を残しプロ入り、6連勝。
この試合が世界初挑戦。



鋭い左ジャブでけん制し、ゾウ・シミンが前進してきた時はクリンチで攻撃を分断したり、バックステップでかわしたりと、いつもの巧みなディフェンスが冴えるアムナット。

お互いパワーショットは少なく、わずかな差だったが、ジャブをこつこつ当てるアムナットにポイントが 流れた。

結果は、3-0(116-111,116-111,116-111)でアムナット。


一度投げ飛ばしちゃいましたし、後頭部にパンチを入れて注意されましたが、見事なアウトボクシングで、ゾウ・シミンをかわしました。

スピードはありましたが、あまり前進してこないゾウ・シミンは、アムナットにとっては、井岡より戦いやすかったのではないでしょうか。

クリンチ好きなボクシングファンはいないと思いますが、クリンチも立派なテクニック。

そのテクニックを駆使しながら、鋭い左ジャブでポイントを積み重ね、ゾウ・シミンの攻撃を余裕の笑みを浮かべながらかわしていたアムナットは、憎いほど強かったと思います。


アムナットのベストバウトは、井岡戦もしくはスピード勝負を制したゾウ・シミン戦という方が多いでしょう。

この2試合は、本当のアムナットが反則王ではなく巧みなアウトボクサーなのだということを示しました。

しつこく反則しなくても、充分に戦えるんですよね…。



その後、 アムナットは、ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)、李明浩を相手に防衛を重ね、防衛回数を5度に伸ばしましたが、 2016.05.25 カシメロとの再戦で4RKO負け。

2016年7月、プロボクサーの出場が解禁されたリオデジャネイロ五輪に出場、2回戦敗退。(さすがにライト級では無理があったと思います。)

その後、ムエタイに復帰、2017.02.12に那須川天心と対戦しKO負け。

2018年8月にボクシングに復帰。
2020.08.01 シーサケット・ソー・ルンビサイに判定負け。



どんな理由があろうと、酷い反則が許されるわけではありませんが、私の勝手な推測ですが、ボクシングがきっかけで、それまでの日陰の人生から日の当たる場所へ出ることができたアムナットにとって、ジョンリエル・カシメロ戦やマックウィリアムズ・アローヨ戦での反則の連発は、その場所を守るためになりふり構わず必死に勝利を求めたが故だったのでしょうか…。

日本人受けしないと思いますが、鋭いジャブで相手の前進を阻み、巧みなディフェンスと絶妙なクリンチワークで相手の攻撃を寸断してポイントアウトするスタイルで世界王者となり、防衛を重ねたアムナット。

私は、その老獪すぎるテクニックにちょっとハマってしまいました。

そんなアムナットも既に40歳。
ボクサーとしては、すでにピークを過ぎてしまっていることは間違いないでしょう。 

しかし、敗れたとはいえ、いまだ世界トップクラスの実力を持つシーサケットと対戦したことには驚かされました。

またリングに上がり、驚くような相手と戦うことがあるでしょうか、今後に注目してみたいと思います。

◆【名勝負No 86】アムナット・ルエンロン vs. 井岡一翔 ~ IBF世界フライ級タイトルマッチ 2014.05.07

懲りずにクリンチ、ホールディングの反則技を繰り出すアムナットに、ちょっと興味を持ってしまったボクオタおやじです。

2014.05.07
IBF世界フライ級タイトルマッチ

王 者 アムナット・ルエンロン(34:タイ)
12戦全勝〈5KO〉
vs.
挑戦者 井岡 一翔(25)
14戦全勝〈9KO〉


ミニマム級に続いて、ライトフライ級を制覇、2013.12.31に3度目の防衛に成功した井岡一翔は、3階級目のフライ級での世界王座を狙っていました。

当時のフライ級の王者は、
WBAスーパー・WBO王者がファン・フランシスコ・エストラーダ《3階級制覇王者、現WBC世界スーパーフライ級王者》(メキシコ)。

WBC王者は、ミニマム級での世界王座統一戦で激闘となった八重樫東。

WBA正規王者は、6度防衛中のファン・カルロス・レべコ《2階級制覇王者》(アルゼンチン)。

IBF王者は、アムナット・ルエンロン。

アマチュア時代に敗れているとはいえ、アムナットは、1月にIBFフライ級王者決定戦でロッキー・フエンテス(フィリピン)に勝利し王者になったばかり。
既に34歳、12勝のうちKOも5つと少ないアウトボクサー。
決して脅威には映らなかったはずです。

当時の井岡陣営は安全志向のマッチメイクでしたから、一番勝てる可能性の高い王者を選んだはずで、それがアムナットでした。

戦前の予想は井岡有利、3階級制覇はほぼ確実だろうというムードでした。

日本語の動画も見つけましたが、解説がちょっと…。
映像もきれいなので、タイの放送を貼っておきます。



身長は井岡のほうが少し高いが、リーチではアムナットが9㎝近く上回り、階級を上げてきた井岡に対しアムナットは体が一回り大きく見える。

長いリーチのジャブとアッパーが効果的なアムナット。

遠くからパンチを出してくるアムナットに、井岡はなかなか入っていけず、ディフェンスを強いられ手数も少ない。

井岡は、クリーンヒットは許さないものの、優位には立てない。

中盤からは、井岡が前進してボディブローを放ちチャンスを伺うが、アムナットは巧みなディフェンスと得意のクリンチを混ぜながら対応、主導権を井岡に渡さず試合終了。

お互いに決定打がなく難しい判定。
結果は、2-1(119-108,115-112,113-114)でアムナット。

119-108はちょっとどうかと思いますが、私も僅差でアムナット勝利。



世界王者に弱い王者や簡単に勝てる王者はいないということをアムナットが示し、井岡はキャリア初黒星を喫しました。

後の試合で見せる反則すれすれのしつこいクリンチやホールディングは、この試合に関しては控え目で、テクニックの一つとして見れるレベルだったと思います。

一度減点されましたが、ちょっと厳しいかなと思いました。

投げ飛ばしたり倒したりしない、ややアムナットらしくない?戦い方で、アムナットのベストバウトの一つといえる試合でした。

◆【迷勝負№6】アムナット・ルエンロン vs. マックウィリアムズ・アローヨ ~ IBF世界フライ級タイトルマッチ 2014.09.10

2014.09.10
IBF世界フライ級タイトルマッチ

王 者 アムナット・ルエンロン
vs.
挑戦者 マックウィリアムズ・アローヨ


アムナット・ルエンロン(34:タイ)
これまでの戦績:13戦全勝〈5KO〉

2014.01.22 IBF世界フライ級王座決定戦でロッキー・フエンテス(フィリピン)に3-0(117-111,116-112,116-112)で勝利、王座獲得。 

2014.05.07 2階級王者井岡一翔の挑戦を受け、2-1(119-108,113-114,115-112)で勝利、初防衛。


マックウィリアムズ・アローヨ(28:プエルトリコ)
これまでの戦績:15勝〈13KO〉1敗

2004年アテネ五輪、2008北京五輪のプエルトリコ代表。
2009年世界選手権フライ級金メダル。

デビューから3戦連続KO勝利。
4戦目で岡田隆志に敗れるが、その後もパワフルなパンチでKOを量産し12連勝。



試合は、序盤はお互いのディフェンスが良く互角の展開。

6Rにアローヨがアムナットからダウンを奪い、ふらつくアムナットにアローヨが追撃したが、レフェリーがラウンド終了前の合図をゴングと間違え、アローヨを止めてしまう失態。

状況が状況だけに、あと10秒あれば、アローヨが決定的なパンチを打ち込むことができたかもしれなかった。

その後は、アムナット得意のクリンチとホールディングのぐだぐだなボクシングにアローヨが巻き込まれて終了。  

採点は2-1(114-113,114-113,113-114)、アムナットが辛くも2度目の防衛。


試合後、アローヨ陣営が6Rのミスとアムナットの執拗なホールディングを減点しなかったレフェリーの対応をIBFに抗議、再戦を要求しました。

私も、僅差でアムナット勝利と思いましたが、減点があればさらに微妙な採点になっていたので、アローヨ陣営の抗議する気持ちもわかりますね。

アムナットの反則技は、カシメロ戦に比べれば全然たいしたことなかった感じで、減点するほどでもないように見えましたけど…。(先にカシメロ戦を見てしまうと、感覚がマヒして多少の反則は気にならなくなってしまいました。www)


いつも思いますが、アムナットはディフェンスがうまく、しつこくクリンチやホールディングをしなくても戦えると思うのですが…。



ちなみに、レフェリーは、11Rにも10秒前の合図をゴングと間違えています。

この試合のレフェリーは、パット・ラッセル(米国)。

1983年から30年余り、450戦以上行っている大ベテランですが、御年66歳、かなり耳が遠くなっていたのではないでしょうか。

この試合でのラッセルのミスは、あまり話題になりませんでしたが、 翌年、WBO世界ウェルター級暫定王者決定戦ティモシー・ブラッドリーJr. vs. ジェシー・バルガスで、再び終了10秒前の合図をゴングと聞き間違え、KO寸前の試合を止めてしまう大失態を演じることになります。

◆【名勝負№85】マックウィリアムズ・アローヨ vs. 岡田隆志 ~ 2010.06.12

2010.06.12
スーパーフライ級 4R

マックウィリアムズ・アローヨ
vs.
岡田 隆志



マックウィリアムズ・アローヨ (24:プエルトリコ)
3戦全勝〈3KO〉

2004年アテネ五輪、2008北京五輪のプエルトリコ代表。
2009年世界選手権フライ級金メダル。
2010年2月プロデビューし、3連続KO勝利。

岡田 隆志 (26)
1勝〈1KO〉1分

駒澤大学在籍時の2005年に全日本選手権フライ級で優勝、大手ジムからプロ入りの声がかかるが就職。

その後、友人の試合を見てボクシングへの情熱が再燃、1年間のサラリーマン生活を経て、プロ入り。

デビュー戦勝利後に硬膜下血腫が判明。
治療により治癒したが、JBCの規定で国内での試合が不可能になったため、米国で復帰。

2戦目は、アマチュア時代に全米代表に選出された新鋭ブルーノ・エスカランテと引き分け。





激しい打撃戦。
2Rに岡田がダウンを奪う。
結果は、3-0(38-37,38-37,39-36)で岡田。

ボクシング史上最高レベルの4回戦と言っても過言ではない、素晴らしい試合でした。

将来の世界王者候補として売り出し中だったアローヨにとって、「単なる通過点」だったはずの岡田戦。
岡田が見事な番狂わせを起こしました。



岡田は、2011年2月に左目に網膜剥離が判明し緊急手術。
左目に重度の視力低下と白内障を患うこととなりました。

2011.07.22 プロ5戦目。2階級上のダニエル・ローマン《後のWBAスーパー・IBF世界スーパーバンタム級王者》(米国)との試合が計量前日に決定。
激しい打ち合いを制して2-1(40-36,40-36,37-39)で勝利。

その後も厳しい環境の中で勝利を重ねましたが、8戦目となるウリエル・ガオナ(メキシコ)戦で、1Rに2度ダウンを奪いながら、3Rに逆転KO負け。
この試合を最後に引退しました。



岡田のブログには、引退に際して、軽量級が注目されない米国で、試合がなかなか決まらず、ファイトマネーも決して満足のいくものではなく金銭的にも厳しい状況が続き、精神的に徐々に疲れ、ボクシングへの情熱が冷めていったこと、そして、守るべき家族が増え、厳しい環境でボクシングを続けることとの葛藤、脳出血や網膜剥離といった健康面での不安と闘いながら、自分なりに「やるだけやった」「やれるところまでやった」という達成感、そして最後に、それを糧にこれからどう生きていくのかという前向きな思いがつづられています。  

 岡田隆志のブログはこちら↓ 

キャリア序盤とはいえ、のちに2団体統一王者となるローマンや、世界王座に2度挑戦するアローヨに勝った岡田は、順調にキャリアを積むことができれば世界タイトルに絡むこともあったかもしれません。  
しかし、世界のトップに辿り着くには、実力だけではなく、運や周囲の環境など様々なものが影響します。  
その点で、残念ながら岡田は悲運だったといえます。

ボクシングファンにとっては唐突に感じた引退でしたが、ブログを読んで、「本当にお疲れさまでした」と思いました。

岡田は、現在、所属していたM.Tジムでトレーナーとして、世界王者を狙う中谷潤人をサポートしています。

中谷には、岡田が届かなかった世界王座に、ぜひ到達してもらいたいと思います。



アローヨは、岡田に敗れてから再び12連勝。

2014.09.10に、IBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロン(タイ)に挑戦し、1-2(113-114,114-113,113-114)で敗れ王座獲得ならず。

2016.04.23 WBC世界フライ級王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア) に挑戦し、 0-3(108-120,109-119,109-119)で敗れ王座獲得ならず。 

2018.02.24 カルロス・クアドラス《元WBC世界スーパーフライ級王者(6度防衛)》(メキシコ) に勝利。

2018.09.08 井岡 一翔《3階級制覇王者》に0-3(90-99,92-9,92-97)で敗れる。

2019.06.15 カルロス・ブイトラゴ《3度世界挑戦経験あり》(ニカラグア)に 3-0(96-92,96-92,95-93)で勝利。

まだ、世界王者のベルトは手にしていませんが、世界のトップ戦線で活躍しています。

【迷勝負№5】ジェシー・バルガス vs. ティモシー・ブラッドリーJr. ~ WBO世界ウェルター級暫定王者決定戦 2015.06.27

アムナット・ルエンロン(タイ)がジョンリエル・カシメロ(フィリピン)と反則まみれの試合を繰り広げた日と奇しくも同じ日に、米国でも珍妙なレフェリングがありました。



2015.06.27
WBO世界ウェルター級暫定王者決定戦

WBA世界スーパーライト級王者
ジェシー・バルガス
vs.
元WBC・WBO世界スーパーライト級王者
元WBO世界ウェルター級王者
ティモシー・ブラッドリー Jr.


ジェシー・バルガス(26:米国)
これまでの戦績:26戦全勝〈9KO〉

2014.04.12 : WBA世界スーパーライト級王者カビブ・アーラフベルディエフ(ロシア)に挑戦、3-0(115-113,117-111,115-113)で勝利、王座獲得。

2014.08.02 : アントン・ノビコフ(ロシア)に3-0(118-111,118-111,117-111)で勝利、初防衛。

2014.11.23 : アントニオ・デマルコ《元WBCライト級王者》(メキシコ)に3-0(116-112,116-112,116-112)で勝利、2度目の防衛。(のちに返上)


ティモシー・ブラッドリー Jr.(31:米国)
これまでの戦績:31勝〈12KO〉1敗1引分

2008.05.10 WBC世界スーパーライト級王者(2度防衛中)のジュニア・ウィッター(英国)に2-1(112-115,114-113,115-113)で勝利、王座獲得。

2009.04.04 2度目の防衛戦は、WBO王者ケンドール・ホルト(米国)との統一戦。3-0(115-111,114-112,115-111)で勝利、王座統一。
※ その後、WBC王座は、指名試合を行わなかったため剥奪された。

2009.08.01 前WBAスーパー・WBO・IBF世界ライト級王者ネイト・キャンベル(米国)を相手に初防衛戦。3Rのバッティングによるカットで無効試合に。

2009.12.12 暫定王者ラモン・ピーターソン《後に2階級制覇》(米国:27戦全勝〈13KO〉)と団体内統一戦。3-0(118-110,119-108,120-107) で勝利、防衛成功。

2011.01.29 WBC王者デボン・アレキサンダー《後にIBFウェルター級王座獲得、2階級制覇》(米国:21戦全勝〈13KO〉)に10R負傷判定で勝利、WBO・WBC王座統一。
※ WBC王座は、その後長期間防衛戦を行わなかったため休養王者となった。

2011.11.12 ホエル・カサマヨール《元WBA世界スーパーフェザー級王者(6度防衛)、元WBC世界ライト級王者(1度防衛)》(キューバ)を相手にWBO4度目の防衛戦。8RTKOで防衛成功。(のちに返上)

2012.06.09 WBO世界ウェルター級王者マニーパッキャオ《6階級制覇王者》(フィリピン)に 2-1(115-113,115-113,113-115)で勝利で王座獲得、無敗で2階級制覇。
※ この試合は圧倒的にパッキャオが有利と言われ、極めて疑問の残る判定だった。

2013.03.16 ルスラン・プロボドニコフ《のちにWBO世界スーパーライト級王座獲得》(ロシア)に3-0(115-112,114-113,114-113)で勝利、初防衛成功。

2013.10.12 WBO世界スーパーライト級王者ファン・マヌエル・マルケス《4階級制覇王者》(メキシコ)に2-1(115-113,116-112,113-115)で勝利、2度目の防衛。

2014.04.12 マニー・パッキャオと再戦。 0-3(112-116,110-118,112-116)で敗れ、33戦目でキャリア初黒星を喫し、王座陥落。



テクニックがありバランスの良いスタイルで全勝街道を突っ走るバルガス。

爆発力とスピード豊かな連打が武器のブラッドリー。

好ファイトが期待されました。



試合は、スピードとフットワークに勝るブラッドリーのペース。
バルガスも手を出すが、ブラッドリーはディフェンスも良く、当たらない。

ブラッドリーは終盤に入ってもスピードが落ちず、バルガスはやや手数が減り苦しい展開が続く。

ブラッドリー快勝と誰もが思った最終ラウンド残り22秒にドラマが待っていた。

バルガスの起死回生の右がクリーンヒット、ブラッドリーがふらつく。
攻めるバルガス、逃げるブラッドリー。

ロープ際でクリンチしたところで、残り10秒の拍子木の合図。
ここで、レフェリーが割って入り、バルガスに向かって「試合は終わった」と言いながら両手を振る。

わずか残り7秒でレフェリーストップ、バルガスの大逆転KO勝利!

大喜びのバルガス。ブラッドリーは唖然。

しかし…、レフェリーが10秒前の合図を終了のゴングと聞き間違えての「試合は終わった」だった。

結局、試合は判定となり、ブラッドリーが3-0(116-112 ,117-111,115-112)で勝利。

7秒あれば決定的なパンチを打ち込める可能性が高かっただけに、バルガスにとっては、全く納得のいかない敗戦。



レフェリーは、パット・ラッセル(米国)。

アムナットvs. カシメロのレフェリー、ラリー・ドゲット(米国)とは違い、1983年から30年余り、450戦以上行っている大ベテランでしたが、御年67歳、少し耳が遠くなっていたのでしょうか…。

完全にやらかしたラッセルでしたが、この後もリングに上がり、年末まで9試合レフェリーを務め引退しました。 

※ 2015.05.02にパッキャオからWBO世界ウェルター級王座を奪ったフロイド・メイウェザーJr.がWBC世界スーパーウェルター級王座も保持しており、複数階級王座を同時に保持することを禁じたWBOルールに違反していました。

メイウェザーが王座返上を表明したため、この試合が王座決定戦として行われる予定でしたが、メイウェザーがまだ正式に返上していなかったため、暫定王座決定戦として行われました。

WBOは7/6にメイウェザーの王座を剥奪、ブラッドリーが正規王座に認定されています。

管理人:ボクオタおやじ
輪島功一、大場政夫、具志堅用高…。少年時代に往年の名ボクサーをテレビで見て、胸が高鳴りました。以来40年以上ボクシングオタクです。
過去の名勝負なども取り上げていこうと思います。
おことわり
選手名等は敬称略とさせていただいております。
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