2010.06.12
スーパーフライ級 4R

マックウィリアムズ・アローヨ
vs.
岡田 隆志



マックウィリアムズ・アローヨ (24:プエルトリコ)
3戦全勝〈3KO〉

2004年アテネ五輪、2008北京五輪のプエルトリコ代表。
2009年世界選手権フライ級金メダル。
2010年2月プロデビューし、3連続KO勝利。

岡田 隆志 (26)
1勝〈1KO〉1分

駒澤大学在籍時の2005年に全日本選手権フライ級で優勝、大手ジムからプロ入りの声がかかるが就職。

その後、友人の試合を見てボクシングへの情熱が再燃、1年間のサラリーマン生活を経て、プロ入り。

デビュー戦勝利後に硬膜下血腫が判明。
治療により治癒したが、JBCの規定で国内での試合が不可能になったため、米国で復帰。

2戦目は、アマチュア時代に全米代表に選出された新鋭ブルーノ・エスカランテと引き分け。





激しい打撃戦。
2Rに岡田がダウンを奪う。
結果は、3-0(38-37,38-37,39-36)で岡田。

ボクシング史上最高レベルの4回戦と言っても過言ではない、素晴らしい試合でした。

将来の世界王者候補として売り出し中だったアローヨにとって、「単なる通過点」だったはずの岡田戦。
岡田が見事な番狂わせを起こしました。



岡田は、2011年2月に左目に網膜剥離が判明し緊急手術。
左目に重度の視力低下と白内障を患うこととなりました。

2011.07.22 プロ5戦目。2階級上のダニエル・ローマン《後のWBAスーパー・IBF世界スーパーバンタム級王者》(米国)との試合が計量前日に決定。
激しい打ち合いを制して2-1(40-36,40-36,37-39)で勝利。

その後も厳しい環境の中で勝利を重ねましたが、8戦目となるウリエル・ガオナ(メキシコ)戦で、1Rに2度ダウンを奪いながら、3Rに逆転KO負け。
この試合を最後に引退しました。



岡田のブログには、引退に際して、軽量級が注目されない米国で、試合がなかなか決まらず、ファイトマネーも決して満足のいくものではなく金銭的にも厳しい状況が続き、精神的に徐々に疲れ、ボクシングへの情熱が冷めていったこと、そして、守るべき家族が増え、厳しい環境でボクシングを続けることとの葛藤、脳出血や網膜剥離といった健康面での不安と闘いながら、自分なりに「やるだけやった」「やれるところまでやった」という達成感、そして最後に、それを糧にこれからどう生きていくのかという前向きな思いがつづられています。  

 岡田隆志のブログはこちら↓ 

キャリア序盤とはいえ、のちに2団体統一王者となるローマンや、世界王座に2度挑戦するアローヨに勝った岡田は、順調にキャリアを積むことができれば世界タイトルに絡むこともあったかもしれません。  
しかし、世界のトップに辿り着くには、実力だけではなく、運や周囲の環境など様々なものが影響します。  
その点で、残念ながら岡田は悲運だったといえます。

ボクシングファンにとっては唐突に感じた引退でしたが、ブログを読んで、「本当にお疲れさまでした」と思いました。

岡田は、現在、所属していたM.Tジムでトレーナーとして、世界王者を狙う中谷潤人をサポートしています。

中谷には、岡田が届かなかった世界王座に、ぜひ到達してもらいたいと思います。



アローヨは、岡田に敗れてから再び12連勝。

2014.09.10に、IBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロン(タイ)に挑戦し、1-2(113-114,114-113,113-114)で敗れ王座獲得ならず。

2016.04.23 WBC世界フライ級王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア) に挑戦し、 0-3(108-120,109-119,109-119)で敗れ王座獲得ならず。 

2018.02.24 カルロス・クアドラス《元WBC世界スーパーフライ級王者(6度防衛)》(メキシコ) に勝利。

2018.09.08 井岡 一翔《3階級制覇王者》に0-3(90-99,92-9,92-97)で敗れる。

2019.06.15 カルロス・ブイトラゴ《3度世界挑戦経験あり》(ニカラグア)に 3-0(96-92,96-92,95-93)で勝利。

まだ、世界王者のベルトは手にしていませんが、世界のトップ戦線で活躍しています。







 
 
 

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