2006.10.26

WBC世界スーパーウェルター級8位
クレイジー・キム

25勝〈22KO〉3分
vs
WBA世界スーパーウェルター級8位
WBC世界スーパーウェルター級13位
ハビエル・アルベルト・ママニ(アルゼンチン)

29勝〈16KO〉)5敗1分

キムは、これまで3度日本スーパーウェルター級王者に挑戦(大東旭、河合丈矢、吉野弘幸)し敗れていましたが、2002.10.10 王者河合丈矢の目の病気により設置された暫定王座決定戦で、石田順裕《のちにWBA世界スーパーウェルター級暫定王座獲得》に3-0(97-96,97-95,97-94)で勝利、王座獲得(のちに正規王座に認定)。

その後急成長し、OPBF東洋太平洋王座やWBCアジア王座を獲得。
吉野に敗れてからは17連勝。  

日本王座は石田との再戦を含め6度防衛し返上。
OPBF東洋太平洋王座は、3度防衛し返上。
WBCアジアスーパーウェルター級王座は1度防衛し返上。

スーパーウェルター級は、世界的には非常に層が厚く(ちなみに、この当時のWBC王者がオスカー・デラホーヤ)、 日本人にとって世界王座はかなり遠い階級ですが、実績のある世界ランカーであるママニに勝ち更にランキングが上がれば、わずかながら世界挑戦の可能性も出てくるかもと思われた重要な一戦。

一方、2006年6月にWBA世界王座挑戦者決定戦で敗れ、巻き返しを図るママニ。



スピードとフットワークはママニだが、キムはじわじわプレッシャーをかけボディブローをヒット。
ママニは長い腕から鋭いカウンターを繰り出すが、キムはうまくかわす。
お互いにディフェンスが良く、拮抗したラウンドが続く。
わずかにキム優勢で迎えた最終10ラウンド中盤、ママニの左がクリーンヒット、ぐらつくキム。
そして試合終了直前、ママニの右がヒット、キムがダウン…。

KOタイム3:09…。
僅差ながら勝利かと思われたキム、わずか残り1秒で無念の逆転KO負け…。
9Rまでの採点は87-86,88-86,88-85でキム。
立ち上がって試合が終わればドローでした…。



その後、キムは、2007.07.17 3階級上のライトヘビー級でOPBF東洋太平洋王者ヒース・ステントン(オーストラリア)に挑戦、3-0(116-112,117-112,118-111) で勝ち王座獲得、ヨネクラジムの先輩西澤ヨシノリが失ったベルトを奪還。

2007.11.20 WBCアジアスーパーミドル級王座決定戦・OPBF東洋太平洋スーパーミドル級暫定王座決定戦でズルフィカル・ジョイ・アリ(フィジー)に6RKO勝利、日本人初のOPBF東洋太平洋3階級制覇、WBCアジア2階級制覇を達成。

このあと、ダニエル・ロベット(オーストラリア)とWBA世界スーパーミドル級王者ダニー・グリーン(オーストラリア)への挑戦者決定戦が行われる予定でしたが、グリーンの引退で消滅…。
世界への道が遠のきました。

2008.07.30 元世界王者の世界ランカー、アンソニー・マンディン《WBAスーパーミドル級王座を2度獲得。1度目は西澤ヨシノリを相手に1回防衛。2度目の王座は4度防衛後に返上。》(オーストラリア)と対戦。
勝てば、世界への道が再び見えてくるところでしたが、ダウンを奪ったものの0-3(92-98,91-98,91-99)で敗れ、引退しました。







 
 
 

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