1990.03.17
WBC・IBF世界スーパーライト級王座統一戦


WBC王者 フリオ・セサール・チャベス(27:メキシコ)
これまでの戦績:68戦全勝〈55KO〉
vs
IBF王者 メルドリック・テイラー(23:米国)

これまでの戦績:24勝〈14KO〉1分


残りわずか数秒でのチャベスの大逆転KO勝利という、あまりにも劇的な結末。

レフェリーのリチャード・スティールがストップせず再開していれば、まもなく終了のゴングが鳴り、テイラーの勝利となっていたでしょう。

このストップは、スティールがもともとストップの早いレフェリーと言われていたことも含め、様々な議論を呼びました。

もし試合が続行になっていたら、チャベスがとどめの一撃を当てる時間が残っていたかどうかは極めて微妙です。

ただ、その時間がわずかでも残っていたならば、ロープにつかまらなければ立っていられないような状況だったテイラーは、悲劇的な結末を迎える危険性がありました。

スティールは、「あのとき、テイラーに大丈夫かと尋ねたが、彼は答えなかった。もう限界でストップすべき状態だと判断した。時間があろうがなかろうが止める時は止める。人の命より価値のある試合はない。」と語りました。

あのストップに対しては、今でもいろいろな意見があると思いますが、正しい判断と評価すべきストップだったと私は思っています。



KOシーンがボクシングの醍醐味であることに異論はないでしょう。

観客が、わかりやすいKO勝利を求めるのは当然かもしれません。 (特に日本はその傾向が強いような気がします。)

しかし、KOは、しっかりしたレフェリングがなければ、悲惨な結果を招きかねません。

もし、レフェリーのストップが少しでも遅れたら、その後の長い人生に支障をきたすようなパンチを受けるかもしれません。

KOを見たいファン心理があることは理解しますが、ボクサーにとってその代償は小さいものではありません。

スポーツである以上、レフェリーは、勝負が決したと判断できる状況であれば、速やかに試合をストップすることに躊躇があってはいけないと思います。

観客あってのプロスポーツという側面との狭間で、観客が多少消化不良であってもストップするのは実に勇気のいる判断であろうと思いますが、レフェリーの躊躇のあとに残るのは、反撃する意思を失った相手に悲劇的な一撃を与え、そのことで一生精神的な傷を負うかもしれない勝者と、その一撃を浴び崩れ落ち、おそらくはその後輝きを失ってしまうだろう敗者です。

私は、ストップが明らかに遅い過去の試合の動画を見るたび、胸が痛くなります。

ボクシングを愛する者の大多数は、不必要な攻撃の先にある残酷なKOを望んではいないはずです。

残酷なKOは、悲劇しか生みません。

ボクシングは、残酷なKOを見るためのスポーツではないと考えます。

近年は、リング禍防止の観点から、レフェリーは積極的にストップするようになりました。

ストップが早いと批判されても曲げずに信念を貫いたスティールは、その先駆者でした。

スティールが試合後に残した言葉 "No fight is worth a man's life"『人の命より価値のある試合はない。』が尊重され、今につながっているのだと思います。



かの名トレーナー、エディ・タウンゼントもタオルの投入が早いと言われました。

しかし、彼は毅然として、「ボクシングを辞めた後の人生の方が長い。無事に家に帰してあげるのも私の仕事である。」と語っています。

本当に、そのとおりだと思います。




リチャード・スティール: 

中量級のスーパースター、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ、マービン・ハグラー、ロベルト・デュランらが活躍した1980年代に名レフェリーとして一時代を築き、2014年に、2011年のジョー・コルテス、2013年のミルズ・レーンに続き3人目の国際ボクシング殿堂入りレフェリーとなった。 

1972年から2006年まで507試合、そのうち150試合近い世界戦のレフェリーを務めた。 

日本では、1984.7.5 渡辺二郎vsパヤオ・プーンタラト戦で初来日、その後1999.8.29 ウイラポン・ナコンルアンプロモーションvs辰吉丈一郎戦まで計13試合行っている。 

そのうち5試合が辰吉戦。( vs 薬師寺保栄、 vsビクトル・ラバナレス(2試合)、 vs シリモンコン・ナコントンパークビュー、 vs ウイラポン・ナコンルアンプロモーションⅡ) 

米国で行われた辰吉戦でもレフェリーを務めており、辰吉とは縁が深い。






 
 
 

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