1980.08.02
WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ
王者 サムエル・セラノ
vs
挑戦者 上原 康恒


1980年のThe Ring MagazineのUpset of the Yearとなった試合です。

サムエル・セラノ(27:プエルトリコ)
これまでの戦績:42勝(14KO)4敗1引分
 1976.04.13 4度防衛中のWBAスーパーフェザー級王者ベン・ビラフロア(フィリピン)に挑戦、1-1(70-70,69-73,72-67)で引き分け、王座獲得ならず。
1976.10.16 ビラフロアに再挑戦、3-0(147-141,149-147,146-142)で勝利、王座獲得。 
この試合が11度目の防衛戦。

上原 康恒(30)
これまでの戦績:25勝(20KO)4敗
  インターハイや全日本選手権で優勝、117勝(87RSC)8敗の輝かしい戦績を残し、当時日本プロボクシング史上最高となる契約金1,000万円でプロデビュー。
1973.11.29 WBA世界スーパーフェザー級王座を5度防衛中のリカルド・アルレドンド(メキシコ)とノンタイトル戦。3-0(50-43,50-44,50-44)で勝利。
1974.08.24 WBA世界スーパーフェザー級王者ベン・ビラフロア(フィリピン)に挑戦、2RKO負け。
1975.07.21 日本スーパーフェザー級王座獲得。2度防衛後に陥落。
1976.07.29 再び日本スーパーフェザー級王座獲得。7度防衛したのち返上。
 この試合が2度目の世界挑戦。



試合が決まったのが、試合の3週間前。
米国デトロイトでの挑戦。
世界屈指のテクニシャンで10度防衛中のセラノが相手で、戦前予想はセラノが圧倒的有利。
この試合への注目度が低かったのも無理はありませんでした。

動画はこちら↓
上原は、トレードマークのヒョウ柄のトランクスですね。



セラノは、長身を活かし、遠くからジャブを的確に当てる。
上原のパンチは届かず空転。
接近するとクリンチでかわされ、完全に強打を封じられる上原。
セラノが、「上原が打ってきたら動いてかわせるし、ジャブ出せば当たるし、近づいたらクリンチしてればいいから、楽勝じゃね?」と思ったかどうかはわからないが、余裕のボクシングを展開。
セラノ優勢のまま試合が進む。
6R、敗色濃厚の上原が開き直って強引に攻撃、右の強打がクリーンヒットしセラノがダウン。
上原の逆転KO勝利。




まさかの一撃で、上原が王座を奪取しました。
5Rまでの公式の採点は、3者とも45-40でセラノ。

敵地での劇的勝利は素晴らしい快挙ではありましたが、当時は具志堅用高が防衛回数を12回に伸ばし大人気だったころで、残念ながら、勝利後も上原の注目度はそれほど高くなかった記憶があります。

上原は、この王座を1度防衛しますが、1981.04.09にセラノと再戦、0-3(143-147,142-144,142-145)で敗れて王座から陥落しました。

具志堅も3月にペドロ・フローレス(メキシコ)に敗れており、残念ながら、沖縄の王者2人が続けてタイトルを失い、引退となりました。







 
 
 

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