2018年10月

◆亀田兄弟を振り返ってみる(5)~和毅 世界初挑戦

2013.08.01
WBO世界バンタム級タイトルマッチ
王者 パウルス・アンブンダ
vs
挑戦者 同級5位 亀田 和毅



パウルス・アンブンダ(32:ナミビア)

この試合まで20戦全勝(10KO)

2013.03.02 WBO世界バンタム級王者 プンルアン・ソーシンユー(タイ)に挑戦、 3-0(115-113、116-112、116-112) で勝利、王座獲得。

この試合が、初防衛戦。


亀田 和毅(22)

この試合まで27戦全勝(18KO)。

WBCの地域タイトルやシルバー王座を獲得、ようやく巡ってきた世界戦。

※フルラウンドの動画は見つけれませんでした…。




結果は、和毅が速いジャブとボディ攻撃で確実にポイントを稼ぎ、大差での判定3-0(116-112,117-111,118-110)で和毅の勝利となり王座奪取、史上初の3兄弟世界王者となりました。

和毅にしてみると、アンブンダは腕が長くガードが堅かったのでパンチがなかなか当たらず、アンブンダも、和毅のジャブに対応しきれないまま試合が進んでしまった感じでした。

激しく打ち合う場面はありませんでしたが、兄2人よりは手数もよく出て、緊張感のある好試合だったと思います。      

この兄弟は、なかなか防御が堅く、相手から有効打をもらいません。
これは、強い選手の大きな条件です。
以前、辰吉丈一郎は、類まれな攻撃力を武器にチャンピオンになりましたが、攻撃重視のスタイルだったため、残念ながら世界レベルの相手には長くは通用しませんでした。
どんなに強い選手でも、相手のパンチが先に効いてしまってはどうにもなりません。
もし、辰吉がもう少し防御を意識していれば、とてつもない記録を残していたかもしれないと思います。

話が若干逸れました。

3兄弟の最終兵器と言われる和毅のセンスとスピードはなかなかのものだと思いましたし、20戦無敗の王者に快勝したのですが、新聞などで、お互い効きもしないパンチでポイント稼ぎだけに終始した試合だったなどの酷評も見かけたのは、とても残念でした。 
  

【名勝負 19】キングピッチ vs 海老原博幸 ~ 1963.09.18 WBA・WBC世界フライ級タイトルマッチ

1963.09.18
WBA・WBC世界フライ級タイトルマッチ
王者 ポーン・キングピッチ
vs
挑戦者 海老原 博幸



ポーン・キングピッチ(28:タイ)

この試合までの戦績:26勝(8KO)4敗

1960.04.16 世界フライ級王者 パスカル・ペレス(アルゼンチン)に挑戦、2-1(143-145,148-137,146-140) で判定勝利し王座獲得、タイ初の世界王者となる。
この後、パスカル・ペレス(アルゼンチン)、関 光徳、野口 恭を相手に3度防衛を重ねる。
 
1962.10.10 ファイティング 原田に11RKOで敗れ王座陥落。

1963.01.12 ファイティング原田と再戦。
2-0(72-67,71-67,69-69) で勝利しWBA世界フライ級王座獲得。

この試合が初防衛戦。  


海老原 博幸(23)

この試合までの戦績:36勝(20KO)1敗1引分
この1敗は、ファイティング原田に敗れたもの。

この試合が世界初挑戦。



今は古い時代の試合もインターネットで見ることができます。とても便利な時代になったものです。

試合は、海老原が見事1RKOで勝利、日本人3人目の世界王者となりました。

海老原は、この後、
1964.01.23 キングピッチと再戦、1-2(68-72,67-73,73-71)で敗れ、王座陥落。

1967.08.12 WBA世界フライ級王者 オラシオ・アカバリョ(アルゼンチン)に挑戦、0-2(296-297,293-298,294-294)で敗れ王座獲得失敗。

1969.03.30 WBA世界フライ級王座決定戦で ホセ・セベリノ(ブラジル)に3-0(75-66,75-66,75-66)で勝利、再び王座獲得。

1969.10.19 バーナベ・ビラカンポ(フィリピン)に0-3(70-71,66-73,70-72)で敗れ級王座陥落。


海老原は「カミソリ」に例えられる左ストレートで勝利を重ねましたが、そのパンチの強さゆえ、度重なる拳の骨折に悩まされました。
ビラカンポ戦でも肩や拳を痛め、防衛はなりませんでした。

◆亀田兄弟を振り返ってみる(4)~大毅 IBF・WBA統一戦

亀田兄弟の二男大毅は、2010.02.07のWBA世界フライ級王者 デンカオセーン・カオウィチットとのダイレクトリマッチに勝利した後、
2010.09.25 坂田 健史に3-0(118-110,116-112,117-112)で勝利、初防衛。

2010.12.26 シルビオ・オルティーヌ(ルーマニア)に2-1(115-113,116-112,110-118) で勝利、2度目の防衛。(のちに返上)

2011.12.07 WBA世界スーパーフライ級王者 テーパリット・ゴーキャットジム(タイ)に挑戦、0-3(112-116,110-119,113-115)で敗れ、2階級制覇ならず。

2013.09.03 IBF世界スーパーフライ級王座決定戦でロドリゴ・ゲレーロ(メキシコ)に3-0(117-109,114-112,116-110) で勝利、王座獲得。2階級制覇達成。




初防衛戦が、WBAとの団体統一戦となりました。      

2013.12.03
IBF・WBA世界スーパーフライ級王座統一戦
IBF王者 亀田 大毅 
vs 
前WBA王者 リボリオ・ソリス(ベネズエラ)


ソリスが前日計量で失格し、大毅の王座の扱いを巡って、後味の悪い試合となりました。

私は、ソリスが計量失格した時点でノンタイトル戦の扱いとなり、大毅のタイトルは勝敗に関係なく動かないと思っていたのですが、試合前、大毅が負けた場合は両方とも空位となると報じられていたので、正直おやっ?と思いました。
結局、覆って、大毅は勝敗に関係なくタイトル維持となりました。

これに関して、負けたのならタイトルを返上すべきとの意見も多く聞かれましたが、筋が違うような気がします。

ソリスは、計量を放棄した時点で失格ですし、減量をやりきった選手よりも体力は温存され体重も多いわけです。
IBFはリバウンド制限の当日軽量を行いますが、ソリスはこれも拒否したようですしね。
 
結局ソリスが2-1の判定で勝ちましたが、大毅は、体力のある上の階級の選手と戦ったようなもので、不公平な条件だったことは明らかです。

このような不公平な条件が明らかであれば、ノンタイトルとすべきですし、ノンタイトルであれば大毅のタイトルがそのまま維持となることに何も不思議なことはありません。

最近は、世界王者がノンタイトル戦を行うことはほとんどなくなりましたが、昔は、世界王者がノンタイトル戦でけっこう負けてたりします。

当時、多くのTVが流していた、「負けても王座はそのまま維持って、どう思いますか?」と質問し、「負けてもチャンピオンっておかしいですよね。」と答えている街頭インタビューは、かなり微妙な感じがしました。


この試合は、大毅は相変らず手数が少なく、ソリスもそれほど有効打がなく、残念ながら盛り上がりに欠けた内容でした。
ただ、こんな消極的な戦い方でも一方的な負け方をしないのは、やはりそれなりに強いということなのかもしれませんが、もう少し積極的なスタイルにしなければ勝てないだろうと思いました。

大毅は、2015.09月に、バンタム級8回戦で判定負け、11月に左目網膜剥離のため引退となりました。

大毅の生涯戦績は、29勝(18KO)5敗。
当時のマスコミに「弱い相手ばかりと戦っている」と言われ続けた亀田兄弟ですが、大毅の戦った坂田健史やデンカオセーン、ソリスは決して「弱い相手」ではないと思います。
また、なんだかんだ言っても世界戦で4勝し、2階級制覇したことは評価されるべきではないかと思いますね。

◆亀田兄弟を振り返ってみる(3)~ 大毅 王座獲得

2010.02.07 WBA世界フライ級タイトルマッチ
王者 デンカオセーン・カオウィチット
vs
挑戦者 亀田 大毅


この試合は、僅差の判定だった前戦のダイレクトリマッチ。


デンカオセーン・カオウィチット(33:タイ)

この試合までの戦績:48勝(20KO)1敗1引分

2002.10.13 WBA世界フライ級王者 エリック・モレル(プエルトリコ)に挑戦、11RTKO負け。プロ初黒星。

2007.11.04 WBA世界フライ級王者 坂田健史に挑戦、引き分け。

2008.12.31 坂田健史と再戦、2RKOで勝利、王座獲得。

2009.05.26 久高寛之に2-1(115-112,115-112,113-115)で勝利、初防衛。

2009.10.06 亀田大毅に2-0(115-113,115-113,114-114)で勝利、2度目の防衛。


亀田 大毅(21)

この試合までの戦績:15勝(11KO)2敗

2007.10.11 WBC世界フライ級王者 内藤大助に挑戦、0-3(107-117,107-117,108-116)の判定で敗れる。
この試合で大毅は反則を連発、セコンドが反則を指示していたことが明らかになり、亀田兄弟に対する視線が非常に厳しくなった。

2009.10.06 WBA世界フライ級王者 デンカオセーン・カオウィチット(タイ)に挑戦、0-2(113-115,113-115,114-114)の僅差で判定負け。











いつもは、体の強さを活かし相手の前に立ってパンチをブロックしながら反撃する、あまり見栄えのしないスタイルの大毅ですが、この試合は、これまでの試合に比べると、フットワークも良く、手も出ていました。

とはいえ、デンカオセーンのクリンチ攻撃でぐだぐだな場面が多く、やや盛り上がりに欠ける内容で、はっきりとした差の少ない微妙なラウンドがほとんどでした。

結果は、大毅が3-0(116-110,114-112,116-110) で勝利し王座獲得。

私の採点では、ジャッジのスコア以上の大差で大毅の勝利。
無題

興毅もそうですが、この兄弟は目がいいのかディフェンスがしっかりしていて、また、軸がしっかりしているので多少打たれてもふらふらしません。
相当鍛えてるなと感じます。

言動はともあれ、ボクシングにかける情熱がすさまじいことがうかがえます。

この試合後のインタビューでは、これまでの反省からか謙虚な受け答えで、随分と雰囲気が変わったなと思ったことが印象に残っています。

◆亀田兄弟を振り返ってみる(2)~ 内藤大助 vs 亀田興毅


「亀田兄弟を振り返ってみる(1)」の記事に関し、いくつかコメントいただきました。

亀田兄弟に関しては、さまざまな意見があると思います。
私は、亀田兄弟のファンでもアンチでもありませんが、亀田兄弟が不当に低い評価をされているのではないかと思っており(あくまでも個人的な見解です)、その部分を中心に、冷静な気持ちで記事にしていることをご理解いただければと思います。

ということで、第2弾です。

2009.11.29 
WBC世界フライ級タイトルマッチ
王者 内藤 大助
vs
挑戦者 亀田 興毅



内藤 大助(35)

戦績:35勝(22KO)2敗3引分

2002.04.19 WBC世界フライ級王者 ポンサクレック・シンワンチャー(タイ)に挑戦。
世界フライ級タイトルマッチ史上最短記録となる1R34秒でKO負け。 

その後、日本フライ級王座を獲得、2度防衛。

2005.10.10 ポンサクレック・クラティンデーンジム(タイ)に再挑戦するも、7R負傷判定 0-3(64-68、64-68、64-68)で敗れる。

2006.02.13 日本フライ級王座3度目の防衛に成功。
2006.06.27 OPBF東洋太平洋・日本フライ級王座を統一。(日本王座4回目の防衛、日本王座は後に返上)
2006.12.10 OPBF東洋太平洋王座初防衛。(のちに返上)

2007.07.18 ポンサクレック・クラティンデーンジム(タイ)に3度目の挑戦。3-0(116-113、115-113、116-113)の判定勝利で王座獲得。

2007.10.11 初防衛戦で亀田大毅と対戦。
3-0(117-107、117-107、116-108)の判定で勝利し、初防衛成功。

2007.03.08 ポンサクレック・クラティンデーンジム(タイ)と2度目の防衛戦。
1-1(114-114、115-113、114-115)の引き分けで、辛くも防衛。

2008.07.30 清水智信に10RKO勝利、3度目の防衛成功。
2008.12.23 山口真吾に11RTKO勝利、4度目の防衛成功。
2009.05.06 ション・チャオツォン(中国)に3-0(114-110、114-111、113-111)の判定勝利、5度目の防衛成功。

亀田興毅との試合が6度目の防衛戦。


亀田 興毅(23)

戦績:21戦全勝(14KO)

2006.08.02 WBA世界ライトフライ級王座決定戦で、フアン・ランダエタ(ベネズエラ)に2-1(115-113、114-113、112-115)の判定勝利、王座獲得。

2006.12.20 ランダエタと再戦。
3-0(116-111、119-108、115-113)で判定勝利、初防衛。(のちに返上)

この試合で、2階級制覇を狙う。



内藤は、いじめに遭っていた少年時代のエピソードや、世界フライ級史上最速の1R34秒でのKO負けで話題性があり、亀田大毅との防衛戦で勝利し国民的な人気者となっていたので、この試合は、世紀の一戦と言われた、あの辰吉丈一郎vs薬師寺保栄戦にも匹敵する注目を集め、視聴率はボクシングの試合で史上2位となる43.1%の高視聴率でした。

 興毅はいろいろ言われてはいるものの、スピードもあり、ディフェンスも良く、ランダエタとの再戦で見せたフットワークを生かしたボクシングをできれば、内藤も相当攻めあぐねるだろうと予想、内藤のパンチ力、変則的な攻撃を興毅がどれだけしのげるかがポイントになると思いました。

私は、亀田兄弟に対しては、擁護派でもアンチでもなく中立な気持ちでいましたので、戦前、マスコミが興毅を徹底して「悪役」的に扱い、予想も内藤有利の声が圧倒的だったことには違和感を覚えました。

 
 


亀田は、派手さこそないが冷静な試合運びで、パンチも的確でした。
内藤も、いつものスタイルで前進して手を出し続けましたが、亀田のフットワークとカウンターがやや優り、捕まえきれなかった感じです。

結果は、3-0(116-112、117-111、117-111) の判定で亀田興毅の勝利。
ただ、自分の採点は、もっと接戦でした。
無題

この勝利で、亀田兄弟の汚名も返上かと思いましたが、マスコミは、「内藤が衰えていた」「グローブの中に何か硬いものを仕込んでいた」と書きたて、この後も、しつこく亀田バッシングを続けることになります。 
  



管理人:ボクオタおやじ
輪島功一、大場政夫、具志堅用高…。少年時代に往年の名ボクサーをテレビで見て、胸が高鳴りました。以来40年以上ボクシングオタクです。
過去の名勝負なども取り上げていこうと思います。
【選手名等は敬称略とさせていただきます。】

私の採点方法
ちょっと変わった独自の採点方法で勝手に楽しんでます。
⇒詳しくはこちら
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